対談④ 影山優理さん
AP通信東京支局 ビジネスライター
6歳の時に家族で渡米。アメリカの小学校や高校、日本のインターナショナルスクールで教育を受け、アメリカのカレッジを経てコーネル大学に入学、社会学・人類学・社会心理学を専攻。その後カリフォルニア大学バークレー校で社会学修士。サンフランシスコを中心に詩人やパフォーマーとして活躍後、ジャパンタイムスに入社。約5年勤務した後、AP通信に移籍。
*My Eyes Tokyoでのインタビュー記事:www.myeyestokyo.jp/3314
今回は、長年お付き合いさせていただいている大先輩ジャーナリスト、AP通信特派員の影山優理さんをご紹介します。
影山さんとの最初の出会いは、私がアメリカのローカルテレビ局でインターンをしていた2001年、”Yuri Kageyama”の署名が載っていた地元紙の記事を見たのがきっかけでした。当時から「日本を海外に伝えたい」と考えていた私にとって、それを実現している唯一の事例でした。当時パソコンもEメールアドレスも持っていなかった私は、Yuri Kageyamaさん宛に英語で手紙を書きました。
そして日本帰国後の2002年、私は当時築地の朝日新聞社内にあったAP通信東京支局(現在は汐留の共同通信社ビル内)で影山さんに初めてお会いしました。影山さんはあまりお話にならず、私のことをじっとご覧になりながら、私のたわいもないお話に耳を傾けてくれました。それ以来、交流を続けさせていただいています。
先に挙げた記事にあるように、インタビューメディア「My Eyes Tokyo」を立ち上げて間もない頃に取材をさせていただきました。それから約10年を経た今回、「日本を海外に発信するために大切なこと」に集中して、改めてお話を伺いました。
*インタビュー@汐留
ニュースは“ストーリー”が大事
徳橋:影山さんは日々日本のニュースを海外に発信されていますが、どのようなトピックを扱われていますか?
影山:トレンドや大企業の動向など、その時々で世界から関心が集まる日本のニュースは、全てカバーします。少し前だとポケモンGoやシン・ゴジラ、ジブリ、VR (Virtual Reality:仮想現実)、ロボット、ドローン、自動運転など。企業なら決算発表もカバーします。例えばソニーは、業績が下がったとはいえ、ゲーム機もVRもあるので、今でも世界からその動向が注目されています。
一方で、ネガティブな話題も世界から注目されています。例えば沖縄の米軍基地問題。特に米軍兵士が犯す犯罪については、アメリカでもすごく重要な問題です。他にも福島に関しては、100年後も続いていると思われる大きな問題ですし、軍事や日米関係、復興、日本の政治にも繋がります。また除染や廃炉に関しては日本のテクノロジーに関係します。さらには太陽光発電など代替エネルギーの問題にも及びます。
徳橋:取材するトピックは、誰が決めているのでしょうか?
影山:トピックにもよりますが、記者である私自身が考えることが多いです。ただ他のスタッフの間で話題になるトピックだと、自分があまり興味を持たないものでも「取材したくない」と抵抗するよりは、取材した方が早いでしょう?それに、自分の周りでそれだけ盛り上がっているということは、世間の関心も決して低くないということだし、記事の読者にもその話題に興味がある人がいるということですから。結局は、記事をリリースしてみない限り、本当の反応は分かりません。
でも、どのようなテーマであっても、記者たちの“料理”の仕方次第で読者の興味を引くことは可能だと思っています。例えば去年(2016年)5月、当時小学2年生の子どもを、しつけのために山に置き去りにする事件が起きましたが、子どもが巻き込まれる事件は世界中で起きています。その中で、事件のどの部分に着目すれば世界の読者に普遍的に伝わるのか、ということを考えます。
※当該記事:Japan praises boy who survived alone, wonders about parents
影山:あとはアメリカで流行っているものが日本でどのように利用されているか、というのもニュースになります。例えば、これはもうサービスが終了してしまったものですが、かつて人気だった “Vine”で注目された日本の女子高生、大関れいかさんのことを世界に伝えました。
*当該記事:Japan companies seek hipness through teens posting to Vine
影山:つまり大事なのは、どんなニュースでも“個人”が持つストーリーなんです。私は元々が詩人だったこともあり、単なる情報を流すよりも“ストーリー”を伝えたい。私にとって、ストーリーを書いてプロとして収入を得る場所がニュースだったんです。
情報に過ぎないニュースに、いかに独自のストーリーを付け加えて伝えられるかで、ジャーナリストとしての価値が決まると思います。言い換えれば、Story Tellerになれるかどうかが、「あなたに取材してほしい」と指名されるようなジャーナリストになれるかなれないか、その分かれ目になるのではないでしょうか。
そのためには記者自身のキャラクターを際立たせる必要があると思います。誤解を恐れずに言えば、ニュースはもはや、エンターテイメントなんです。
※元神風特攻隊隊員とのインタビュー:Kamikaze survivors debunk stereotypes in stories of sacrifice
(ストーリーテリングを織り交ぜた記事として、影山さんがお気に入りの記事。APの海外支局からも高い評価を得た、ご本人曰く「物書きに受ける記事」)
世界は“特殊な日本”を求めていない
徳橋:インタビューで様々な人たちの“ストーリー”を伝えている私にとって、「どのニュースでも“個人”が持つストーリーが大事」というのはとても共感できます。しかも影山さんの仕事は「日本を海外に伝えること」なので、同じことを試みている私としても、どのようなことを日々意識されているか、とても気になるところです。
影山:世界中に日本の記事を読んでもらうためには、ただ単に日本で起きたことをそのまま流すのではなく、できるだけ海外も巻き込んだ方が良いと思います。
例えば沖縄に駐留する米兵の性犯罪に関するニュースですが、調べてみるとそのターゲットは、同じ兵士であることが少なくありませんでした。それらをデータとして集めたのですが、アメリカ本国でも米軍内部での性的暴行が問題になっていたため、ワシントン支局が取材に合流しました。彼らと共に、アメリカの上院議員や、現在アメリカにいる、性犯罪を受けた元兵士にも取材することで、報道は世界に大きなインパクトを与えました。 世界中に支局があるからこそ、可能なことです。逆に言えば、私の手から記事が離れていくわけですが・・・
*当該記事:Documents reveal chaotic U.S. military sex-abuse record
徳橋:なるほど、日本で起きた出来事に普遍性を持たせるためには、海外で起きている同じような事例を加えて伝えることなのですね。
影山:それに「日本人にとっては全然面白くないけど、海外の人たちは興味を持つ」というニュースもありますし。
徳橋:そこがとても興味あります。そのようなニュースは、どうやって探り当てるのでしょうか?
影山:海外の人たちは“特殊な日本人”を見たいわけではありません。一般の日本人がどのように思っているかを知りたいわけです。それにコメントが面白いとかつまらないという基準は、意外とユニバーサル(普遍的)です。「私、嬉しいです」みたいにあまり興味を引かなさそうなコメントは、どの言葉に訳しても反応は同じ。一方できちんとしたコメントは、それが一般人から発せられたとしても興味を引くものです。そのようなコメントに当たるまで、たくさんの人たちに取材するしかないですね。
ターゲットを徹底して具体化せよ
徳橋:AP通信は世界中に記事を配信していますが、本社はアメリカですよね。その場合、影山さんはアメリカにいる読者を想定して記事を書きますか?
影山:私の場合、アメリカの田舎で生活している、日本のことなど何も知らないMr/Mrs. Jonesを想定して記事を書きます。もしMr/Mrs. Jonesが私の記事を理解できれば、英語を読むインド人や中国人も分かってくれるだろうと考えます。ただしニュースによっては興味を持つ人が分かれてくるのは当然なので、あくまで基準の一つとしてMr/Mrs. Jonesが理解するかどうかを想定します。
徳橋:日本の政治、特に選挙報道などはいかがですか?
影山:あまり盛り上がらないです。APもあまり人員を割かないので、私一人で選挙をカバーしたこともありました。記事もそこまで長いものは書きません。
徳橋:日本の大手メディアと真逆ですね。
(写真上)芸術家・草間彌生さんにインタビュー。
*当該記事:AP Interview: Artist Yayoi Kusama sees the world in dots, collaborates with Louis Vuitton
日本を変えるために世界に発信する
徳橋:このお話の流れでお聞きしますが、日本の報道をご覧になって思うことはありますか?
影山:これは日本の元々の文化から来ているのかもしれませんが、正義や悪がうやむやになっている気がします。
徳橋:ただ一方で「水戸黄門」のような時代劇では“勧善懲悪”のように、良い人と悪い人がはっきり分かれていて、そういうドラマが好まれるという傾向があります。
影山:でもその善悪の基準は、もしかしたら水戸黄門が決めたものかもしれないし(笑)世間の大多数の声や意見によって決められたものかもしれませんよね。そのために、例えば昔犯罪を犯して、それをすでに何らかの形で償ったにも関わらず、世間がそれを許さないために未だ社会復帰できないという人も出てきます。
それに今の日本では、すべてがグレーで、あらゆる意見や考え方を「それもアリだね」と言って認める風潮があります。だから何も決まらず、結局は権限を持っている人が決めてしまう。
一方で私が身を置いているAP通信の本拠地であるアメリカでは、善悪の基準が明確です。インタビューの最初に申し上げた、北海道で山の中に子どもを置き去りにした事件に対して、日本のメディアが美談に仕立て上げた一方、APが配信した記事の読者の反応は総じて「NO」でした。それは“子供を虐待することは良くない”という善悪の基準がハッキリしているからです。それは公正中立とは別の次元です。同じように“肌の色や国籍で人を差別してはいけない”など絶対的な基準があり、それに基づいて報道しています。
徳橋:日本だと「これは悪いことかもしれないけど、でもこういう見方もあるよね」という意見も出てくるかもしれません。
影山:そういう論調には、ジャーナリズムは堂々と戦っていかなければならないと思います。少なくとも私は遠慮したり妥協したりしたくはないです。もちろんアメリカの報道も最近は崩れてきて、差別的な報道も出てきていますが、それについて議論しようとする土壌はまだ残っています。一方で日本には、それさえもありません。全て「あれもアリ、これもアリ」で片付けられている気がします。
「ダメなものはダメ」と言うのは、ジャーナリズムの基本です。そのような報道に変えていかないと、世界からどんどん取り残されていくと思います。ここで言う“世界”は欧米だけでなく“日本以外”と考えていただいて構いません。中国の人もインドの人も、日本の人よりは“Mr/Mrs.Jones”に近いですから。
だから私は、日本を世界に伝えることで、日本が良い方向へと変わってほしいと思っています。
影山さん関連リンク
影山さん執筆の特集記事(英語):bigstory.ap.org/content/yuri-kageyama
影山さんHP:yurikageyama.com/
Twitter:@yurikageyama
「AP通信は東日本大震災をどう報じたか」(AP通信 x My Eyes Tokyoパネルトーク):www.myeyestokyo.jp/50